エッセイ

 

 

 

 

シロ、シロ、あっ・・クロもいる

2018.9

日本ペンクラブ会員 獣医学博士 鷲塚 貞長

工房の縁の下で、何やら白いものがうごめいている。

覗き込んでみると、小さなブルーの目がチラチラと、「おやー、子猫かなーー」。

マグロ・カツオのカンヅメを、高床の縁の下にそーと入れ、しばらく離れて見ていると、白い頭が二つ、ひと呼吸おいて黒い頭が一つ、恐る恐る餌のトレーに近づいてきた。

「生れて概ね40日くらいかな」「それにしても、今まで何処で暮らしていたのか・・・」。

私が近づくと、クモの子を散らすように、素早く逃げ去り、しばらく出てこない。

「ママはこの子たちを置いて、何処にいってしまったのかなあ・・」。

ネコは生後12~13日で目が開き、23日ほどで歯が生え、基本的には肉食動物なので胃酸のpHが強く、歯が生える前に、生肉を強制給餌(押し込む)しても十分に消化します。

野良ネコの社会では、歯が生えて自分で捕食できるようになると、親はさっさと子離れし、この時期の最大の天敵はカラスで、かなりの数の子猫が餌食になります。

最近の家庭ごみは、地域ごとに設けられた、金属ネットケージに集積されますので、野良ちゃんが残飯で命をつなぐことが大変難しい環境で、天敵から身を隠し、乏しい餌を捕食できる、逞しい個体だけが生き残ります。

私が小学生のころ飼っていたミケが出産し、その内、雄猫の1匹を飼い猫に追加しましたが、子猫は母猫より体が大きく育ってからも、いつまでも母乳を飲み、ママも目を細めて、我が子を甘えさせていましたので、野外で生まれた、野良ちゃんの子供たちの生育環境は、何とも悲惨です。

「あの工房の縁の下に行けば、ご飯がもらえるかもしれない」「多くの種類の野鳥たちも、毎日ごちそうに群がっているから」

仔猫たちはそんな情報を、どこかで感じ取ったのかもしれません。

3匹の内、2匹は綺麗なブルーの目、毛色はベージュで、ほとんどシャムネコで、黒は、痩せており、体格は他の2匹に劣っていたので、自然界での生き残りに不安があり、この子から里親探しに着手しようと、警戒心が少し和らいだ時を見計らい写真を撮り、院内掲示板に掲載しました。

以前にトラ子を、お世話した里親さんは、複数飼いが希望であったので、クロの写真を見せたところ、「ぜひ頂きたい」と、何んとも有難いレスポンス。

この時点でのクロは、夢中で魚を食している時は、体の一部を触ることができる様にまで警戒心が軽減していたので、捕獲トラップケージは、白達が同時に入ってしまう可能性があるので、ネットかぶせ作戦で捕獲し、病院に持ち帰りました。

ネコには、人間のエイズと同様の病気が、しかも2種類、人のHIVが表面化する、ずーと以前から存在しますので、さっそく院内でウイルス検査を実施し、幸いにも2つのウイルスは、共に陰性でしたが、同時に行った検便で、クロが痩せていた原因と思われる回虫と原虫(コクシジウム)が検出され、これらの完全駆除の後、一回目のワクチン接種を済ませ、トラ子の待つ里親さん宅にもらわれてゆきました。

コクシジウムの駆除には、最低で13日かかり、完全駆除までにはオーシストという、コクシジウムのこども(スポロシスト)を撒き散らかすので、完全隔離の為、2週間余入院していましたからその間にすっかり人慣れし、可愛い目玉をクリクリさせていました。

シロ、シロ、クロは、状況や月齢からして、ひょっとすると、トラ子の子供かもしれません。

虎姫とトラ子

2018.8

日本ペンクラブ会員 獣医学博士 鷲塚 貞長

天白川の向山橋を南に渡ると、土着農家の周辺には新興住宅が散在し、その一画にある、約100坪程の市街化調整区域に、私の日展作品工房と趣味の菜園があり、実に様々な動物たち(狸、アライグマ、ハクビシン、地域猫など)や、多種な野鳥(カラス、今は少なくなったスズメも群れで、ツグミ、セキレイ、正体不明の鳥、などなど)が訪ねて来、時には襲来します。

ある夏の昼下がり、皮膚病で、ほとんどの被毛を失った狸がひょっこりと現れた。

「夜行性なのに、こんな真っ昼間に・・」「お腹が減っているんだ・・」「ずいぶん痩せて・・」「全身の皮膚病は疥癬だなあ・・」「狸に蔓延しているからね・・」。

現れた草むらに、疥癬治療剤を入れたエサを翌日から用意すると、次の日には、薬入りの餌はなくなっている、「1週間食べ続けてくれると、概ね治癒するが・・」「丸裸だと冬は越せないよ・・」。

工房は木造で、本建築ではないので堅固でなく、たまたま室内にキャットフードを置き忘れたところ、ハクビシンが軒下のべニア板を破り侵入し、工房中をかき回されたが、日展5度目の入選を目指し製作中のオブジェは、約40kgもあるので、被害はまぬがれた。

カラスを頭に、実に多様な野鳥が、私が出没する時間には、電線や木々に留まり待ち受けており、彼らへのごちそうは、ホテルでのロータリークラブの昼食時の、余り物のパンや、ドッグフードなどで、趣味の菜園に撒いてやると、お礼に畑土の上に糞をするので肥しになり、持ちつ持たれつの良好な関係が成立する。

「ニャーニャー」、サクランボの木が落葉を始めたころ、工房の縁の下から、トラネコが恐る恐る顔をだした。

「野良にしては綺麗だし、何となく品位がある」「でも挙動が落ち着かない」「やっぱり野良か・・」。

キャットフードを小鉢に入れてやると、しばらく眺めていたが、もぞもぞと食べ始め、半分くらい食すと、さあーっと姿を消し、その後は、気が向くと不定期にやって来る。

顔貌と立ち去る後ろ姿での、生殖器の形状より雌と断定し、気品とマイペースを尊重し、とりあえずの名を、“虎姫”とした。

そんな状況が半年も続いたある日、「フワー、ギャーー」と縁の下で、ネコの喧嘩が始まった。

床下では、虎姫に比し、ややスリムだが精悍なトラネコが、一方的に挑発している。

「おいおい、どこの子だ、虎姫は先輩よ」「仲良くせんかい」「これは野良に間違いなし」「しかし可愛い顔をしているな・・」「とりあえずトラ子と名付けよう」。

数日葛藤が続いたが、形勢はトラ子の方に分があり、工房エリアの主導権は、後輩に移行の感があり、トラ子は我が物顔で振る舞い、虎姫は片隅でこそこそと食すようになった。

「虎姫・・、あんたは妙に上品だから・・、こんなことになるのよ」「姫にはドライフードに加える美味しい缶詰の量を、増量するからね」。

虎姫の気まぐれな訪問に比し、トラ子は確実に毎日訪ねてくるようになり、1か月もすると、体を摺り寄せて来るまでに懐いたが、抱き上げようとすると、フワーと威嚇し、野良の本性の警戒心は、その後も長く残存した。

ニャーニャー,今日もトラ子は工房の前で私の到着を待っているが、午後に手術や複雑な検査などを行う日は工房に行けない、「お腹すかせて待っているのかな・・・」。

昨今では、家庭ごみは袋詰めで、金網ケージに収納されるので、野良は主たる餌の残飯を、容易に得ることができないので、地域猫として確実な給餌を受けている猫以外の食料事情は誠に厳しい。

多臓器不全で概ね天寿を全うした、愛猫の飼い主さんが「十分に生き、安らかな最後でした」「ある意味で爽やかな心境です」「しばらくしたら、地域猫か野良ちゃんを複数引き取りたいと思います」。

そんな誠にありがたい提案をいただいたのは、あまりに足元でまとわりつくので、転びそうになる位に、トラ子の警戒心がすっかり解けたころでした。

トラ子はケージに収めることに何の抵抗もなく、病院に連れ帰り、全身の検査で見つかった複数の寄生虫を駆除し、ワクチンを接種、避妊手術を施し、目出度く、上述の里親さんに迎えられたのです。